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ガラケー所有者から見た「スマホやめますか」あいさつの真意。

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学生時代、校長先生は遠い存在でした。
毎日顔を突き合わせている担任の先生と違って
ごくたまに、それも朝礼のある日にしか
顔を見ないからです。
けれども全く知らないというわけでもないので
なんだか不思議な感覚でした。

生徒の授業態度を廊下から静かに観察していたり
学校全体での行事の際に体育館の壇上に上がり
演台であいさつをする、それぐらいしか普段
わたしには接点はなかったように思っています。

それは大学生になって、校長先生ではなく
学長というポジションの人に代わっても
同じことでした。

 

けれどそれまでの学生生活とは打って変わって
入学式と卒業式でしか存在を強く認識するときが
なかったように思います。
ほかの人は違うのかもしれませんが
わたしにはどうしてもそれ以外での状況で
学長の存在を感じることはなかったのです。
学長、ごめんなさい…

ですが今各方面で報道されている大学入学式の
学長あいさつはただ注目を集めているだけではなく
うらやましいなと感じるものがありました。

信州大学学長のあいさつ抜粋

今までは、皆様は正解のある問題を解くことに終始していました。
知識の量を試されていました。世の中では、正解のない問題を
解かなければなりません。誰も考えたことのないことを考えるという、
知識の質を問われることになります。さらに、世界の状況は変化が大きく、
スピードも速く、ICTの進歩で一気にグローバル化します。
大学院入学生にも、是非聞いて頂きたいのですが、日本が今後とも
活力ある社会を維持し、世界へ積極的に貢献していくためには、
科学、技術、文化のいずれの分野でも独創性や個性を発揮することが
重要となります。横並びの発想では問題を解決できません。
皆様は、もしかしたら、個性の発掘に没頭する「自分探し」をしませんでしたか。
また、これからしようと思っていないですよね。若い時の自分探しは
勧められません。特に、解剖学者の養老孟司さんは、「個性は徹底的に
真似をすることから生まれる」とまでおっしゃられています。
伝統芸能の世界に見られる、
師匠と弟子の個性の違いを指摘されてのことです。
個性を発揮するとは、なにか特別なことをするのではなく、
問題や課題に対して、常に「自分で考えること」を習慣づける、
決して「考えること」から逃げないことです。自分で考えると他人と違う考えに
なることが多くなり、個性が出てきます、豊かで創造的な発想となります。
学生で言うと、普段の勉強を真剣に取組むこと、そして身につける
「知識の量」を主とするのではなく、「知識の質」すなわち自ら
探求的に考える能力を育てることが大切となります。

創造性を育てるうえで、特に、心がけなければならないことは、
時間的、心理的な「ゆとり」を持つこと、ものごとにとらわれ過ぎないこと、
豊か過ぎないこと、飽食でないことなどが挙げられます。
自らで考えることにじっくり時間をかけること、そして時間的にも
心理的にもゆったりとすることが最も大切となります。

自分の時間を有効に使うために、自力で時の流れを遅くする必要があります。
そのために五つの方策が提案されていることは良く知られています。
 一、学び続けること。新しい経験が得られて、時間感覚がゆっくりとなる。
 二、新しい場所を訪ねる。定期的に新しい環境に脳をさらす。
 三、新しい人に会う。他人とのコミュニケーションは脳を刺激する。
 四、新しいことを始める。新しい活動への挑戦。
 五、感動を多くする。

皆様はどうでしょうか。残念なことですが、昨今、この信州でも
モノやサービスが溢れ始めました。その代表例は、携帯電話です。
アニメやゲームなどいくらでも無為に時間を潰せる機会が増えています。
スマホ依存症は知性、個性、独創性にとって毒以外の何物でもありません。
スマホの「見慣れた世界」にいると、脳の取り込み情報は低下し、
時間が速く過ぎ去ってしまいます。
スマホやめますか、それとも信大生やめますか」 
スイッチを切って、本を読みましょう。友達と話をしましょう。
そして、自分で考えることを習慣づけましょう。自分の持つ
知識を総動員して、ものごとを根本から考え、全力で行動することが、
独創性豊かな信大生を育てます。

 

     朝日新聞デジタルより引用・抜粋。

学長の提案:8つのポイント

一部を抜粋しましたが、このあいさつ文で信州大学の学長は
8つのポイントを述べていました。

1 正解のない問題を解き、知識の質を求められる。
2 世界で貢献するためにはどの分野でも創造性や個性を
 発揮することが重要である。
3 若い時分の「自分探し」はすべきではない。
4 個性を発揮するとは、常に「自分で考えること」であり「考えること」から逃げないことである。
5 創造性を育むには、時間的・心理的に「ゆとり」を持つ
 ことが重要である。
6 自分の時間を有効に使うために、自力で時の流れを遅くする
 必要があるが、それには5つの方法がある。
7 携帯電話やスマホの依存症は知性、個性、独創性にとって
 毒以外の何物でもない。
8 「見慣れた世界」にいては創造性を育むことはできない。

特に感銘を受けたのは3番と4番のポイントです。
「個性」「自分探し」という言葉や考えが浸透してきた昨今
じゃあそれは一体何なのか
どうすれば理解し身に付けることができるのか
新たな疑問が次々に生まれていたように思います。

セットで考えてきたこれまでの風潮


「個性」がないからつまらない。
「個性」がないから「自分探し」をすべき。
そんな提唱に警鐘を鳴らした考えのひとつだと思います。
実際これまで「個性」と「自分探し」はセットにされて
様々なメディアや書籍等で叫ばれてきました。
その言葉を目に耳にするたびに
自分を全否定されている気持ちになったのです。

「個性」は自分らしくあることであり
「自分探し」はより自分らしい自分を探すこと。
そう思っていたので
わたしという一個人を説明しようとしたときに
これはわたしのオリジナルです!と胸を張って
大声で言うことができるものがなかったのです。
どうしてもそこで「これってあの有名人が言っていた言葉」
「こっちはあの本で書かれていた考え」だよねと
別角度からの自分が反論していたのです。

けれどよくよく突き詰めてみれば
日本語は「あいうえお」の50音から成り立っているので
その組み合わせで言葉や考えが生まれているのです。
片仮名が使われるようになってからも同じことです。
50音の羅列は無限の組み合わせを生み
また限りある世界をも生み出します。
それは歴史であり未来です。

古来人類は言葉を生み出すまでにも多くのことを考え
知識や技術という形にして後世に伝えてきました。
意図的でない場合もあったでしょう、しかし
ひとつの考えが意図しないところで脈々と受け継がれていった
それは、その考えに感銘をうけた者が存在したからなのです。
どこの誰であるかによらず、素晴らしいと感じたから
広く伝えたい、知ってほしい、そんな想いだったのでしょう。

こうしたことはすでに誰かが地球のどこかで考えたこと
また、すでに発表されたことかもしれません。
ですが、これはわたしの考えなのです。
つまり、信州大学学長のあいさつ文のポイント
3番と4番に該当することです。
たとえすでに知られている考えであっても
ちゃんと「自分で考える」ことをすれば
それは「自分の考え」であり
それ自体を「個性」だということが出来るのだと思います。

また、「スマホをやめる」という箇所ですが
ここにもつながることなのではないかとも思っています。
やめるという言葉だけが独り歩きをして
各方面に拡散されているように感じるのですが
決して「スマートフォンを解約しなさい」と言っているのではないのです。
学長のこの言葉だけを捉えるならば極論かもしれません。
しかし「やめる」の裏側、つまり真意を読み取らなければ
学長のあいさつは学生には伝わりません。

単にスマホを解約するということではなく
どんな時もスマホの画面に目を落とし
片時も離すことのない多くの人々に対しての警鐘なのです。
それは、スマホばかりを見ていてある一極の考えにのみ
とらわれすぎてはいないか。
情報を得る手段をネットに限定してはいないか。
そういうことを指しているのではないでしょうか。

それがポイント7の
・携帯電話やスマホの依存症は知性、個性、独創性にとって
 毒以外の何物でもない。
に繋がるのだと思います。
そして学長のことば、

スマホやめますか、それとも信大生やめますか」 
スイッチを切って、本を読みましょう。友達と話をしましょう。
そして、自分で考えることを習慣づけましょう。自分の持つ
知識を総動員して、ものごとを根本から考え、全力で行動することが、
独創性豊かな信大生を育てます。

ここに着地するのです。

真意は学生へのガイド

学生時代、今ほどネットや携帯電話が進化しておらず
これからの情報社会に向けてパソコンを使いこなせるように
なりましょうね、という状況のなかに身を投じていました。
(そしてその時から変わらずガラケーを使っています…)
もちろんネットで情報収集をすることは素晴らしい選択であり
多方面の知識を得ることもできます。
ですが、わたしは大学生時代にほかのことも学びました。
アルバイトに情熱を燃やす友人や授業をいかにうまく休むかに長けていた
友人、サークル活動にほとんどの時間を費やしていた友人、
コンパや飲み会に熱心だった友人、さまざまな人間が存在することを
わたしは良くも悪くも学びました。
そんな友人たちと他愛もなくおしゃべりをする時間が
こんなにも大切だったなんて、あの当時は思いもよりませんでした。

大学という場所はそれまでの学生生活とはガラッと変わるところです。
学習システムや学ぶ姿勢、そこに集まる人間など、
新しい出会いに戸惑うかもしれないところです。
そんなところでこれから4年ないし6年の時間を過ごす人たちに
信州大学学長はガイドを示したのではないでしょうか。
こういう考えも知ってほしい、という。

最後に&まとめ

日本各地から、学ぶ意志を持った人々が集まる大学は
その意志の数だけ「個性」があります。
多くの「個性」に触れることができる素晴らしいチャンスです。
そして、わたしのようにもっとこうしていればよかった、と
後悔することのないように時間を使って欲しいと思います。

  1. コピペはオリジナルではない。
  2. 「自ら考える」「考え続ける」ことがオリジナルになる。
  3. オリジナルを追及することで「個性」になる。
  4. スマホ以外から学ぶことは大学にも実社会にも多くある。
  5. 熱く議論する時間的ゆとりは学生時代特有のもの。
  6. 社会人での視点はこの先ずっと続くけれど、学生での視点はごくわずかな時間しか持つことができない。

いつの時代でもどのポジションに属していても
それを満喫することができれば万々歳なのですが
そう簡単にはいかないものですよね。
けれどこれから学生生活を新たに始める
また、新しい環境に身を投じる方にとって
何かを感じて頂けると幸いです。

メディアに取り上げられていない他の大学の学長さんもきっと
新入生への挨拶をお考えになって贈られたことと思います。
自分のときのことを全く覚えていないので、
こうしてメディアで読み返すことができるというのは
うらやましい限りです。

そしてもっと自覚を持って学長のあいさつを聞いていれば…
後悔先に立たず、ですね(泣)
今回の学長のあいさつから懐かしい気分になり
さらにあのときの後悔が蘇りひとりで沈んでいます…
ですが家族でもない他人からこうした温かい言葉を
もらえるということは、良いものだなと思いました。

お天気は悪いですが、心地よいスタートが
皆様に訪れますように。

では、さいなら。

 

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